2021年05月04日

世界平和の祈り ③

      (前日からの続き)
任せよう任せようと思っても任せられないんです。
そんなことは一切抜きにしてね、ただふんわりと
座って、ああ大変だなと思いながら聞いてあげる。
生身の一人の人間として聞いてあげる。

そういう事がね、支部や集会という集まりをする
人たちの、指導するあなた方の立場としては、
とても大事なことになってく訳ですねえ。

我々は、神様によって生命を新しくされるし、
心も新しくされるし、本心というものを磨いて
いただくんです。

神様によって我々は生きてる訳だし、糧を
いただいてる訳で、我々の生死というものも、
天命というものも、神様が貫いてずっと
見て下さる。

その信仰の上に立ってね、そうして、色々な
ものは神様が与えて下さるから、その上で、
世界平和の祈りを唱えていく。

世界平和の祈りの中に、日蓮もいれば親鸞も
法然もいる、あれは神様の寄り集めの所
ですよ。

あの祈りの全体というのはね。

だから、どの宗教であっても、くっつけて
祈っても祈らなくっても、世界平和の
せと言っただけで、皆あの中に全部入ってるから、
宗教を超えちゃった祈りなんだけれども、やはり、
その人の立場の尊敬、生命の尊敬というものを
一番にしてね、あなた方は、その上で自分を
磨いていくということから始めていかないと、
上から物言うとね、相手の心を萎びさせちゃう
ことになる。
              (つづく)
posted by spacelight at 07:53| 祈り | 更新情報をチェックする