2017年11月06日

愛にみちた 神様の計画を達成していくために

世界人類が平和でありますように
これは
神のみこころなのです
世界が平和になるのを
想わない人はなく
願わない人はない
それは
この想いが
願いが
神から流れているものだからで
あります

世界人類が平和になるということは
神の愛と
光を分けられてきた
私どもが一つになって
地球のみならず
この宇宙の
調和にむけて
参加をしていく
ということであります

この遠大な
しかし愛にみちた
神様の計画を
すみやかに達成していくために
世界平和の祈りが
宇宙の星々に鳴りひびいて
いるのであります

世界平和の祈りに込められた
ひびきにのって
人々は
自分の神性と対面するべく
統一をくり返し
また
宇宙神のみこころに
ひとつに溶け込むために
統一を
くり返しているのであります

これらの神からのひびきと
統一をくり返す人々の心のひびき
それに
それらをさらに
深め高めてゆく
世界平和の祈りの光明と
ひびきとによって
宇宙は
愛と
平和と
智慧という
神の
みこころによる調和が
なされていくので
あります

私ども地球人類もまた
宇宙人類の一員として
このひびきのなかで
生きるときがきた
ということなのであります
        平成2年2月13日 記
posted by spacelight at 10:54| 祈り | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

祈りというのは あなたまかせ

祈りは
きかれる
といいます
これは
本当なんです

ところが
ちっとも祈りが
きかれない
よくなっていかない
五井先生
どうなってるんですか
五井先生助けて
下さい
という声が
毎日のように
きかれるんですよね

そこで今日は
祈りが
きかれるということは
どういうことかということについて
少しお話してみたいと思います

この世もあの世も
つらぬいて
およそ人間の住む世界というものは
その人の想念どおりの
世界になっていく
ということは
これは
ひとつの厳然たる
法則なんです

たとえば
何がなんでもお金が欲しい
人の道に外れたって
何したって
とにかく
一億二億というお金を
かき集めたい
お金に対する執着ですよね
念です
そうするとその念でもって
一応金は集まって
くるんです
くることはくるけれども
それは
自分の念で集めたお金なんで
つまり
自我欲望ですよね
それでもって入ってきたお金というのは
重たいんですよ
祈りじゃなく入ってきますからね
それで
身につかないで
また出て行ってしまう
こういう
いうことをきかせるというのは
祈りじゃないですよね

祈りというのは
私はこれだけ辛い
だからできるならこうして欲しい
けれど
みこころのままにっていうんで
預けちゃうんです
ゆだねてしまう

神様の方も
それが
まごころから
でてきたものか
そうじゃないかって
いうのは
よくみてますからね
こちらの都合ばっかり
いってるようだと
それはきかれないし
また
そういうのを
祈り
とはいわないんです

祈りがきかれる
きかれないというのは
それによって
その人の本心が
本当にひらかれ
その人自身が
みがかれてゆくかどうか
ということを
守護霊や守護神が
みていて
それでよし
となったら
きかれたり
きかれなかったりする
だから
祈りというのは
あなたまかせなんですよ

ただね
私心(わたくしごころ)ではなくって
自分の身に代えても
子どもを救って欲しいとかね
そういう
身命を賭した祈りの場合には
きかれることがありますが
本来
祈りというものは
神からわかれてきた
分生命(わけいのち)分霊(わけみたま)
としての
自分に出会って
そして
神に感謝してゆく
というものですから
すべてを感謝してゆくなかで
その人に今
必要でないものは
与えられないわけなんです

守護霊守護神や
神様というのは
その人にとって何が必要で
必要でないのか
ということを
長距離ランナーの助走者のように
よくみているわけです

ですから
その人が
どうしても行きたい場所がある
ここに転勤したい
と思ってても
一番嫌な一番行きたくないところに
行かされたりする
そうすると
肉体人間というのは
すぐ
神も仏もあるものか
とおもったりして
そういうわけで
私なんかも
うんと恨み言しょってるんですけど
まったくこれを光にかえてくというのは
なかなかホネの折れることでね
これは冗談ですけど

そんな風に
今この人を
望みどおりに動かすと
この人の魂の成長にはならない
本心がひらきにくいって
むこうが判断したときには
これはてこでも動かないんだね
それで
祈りがきかれたきかれない
ということになるんです

人間が
その持っている想念どおりの
世界をつくってゆくというのは
そのとおりですけれども
心境というのは
微妙にかわるでしょう
一日のうちに
地獄に行ったり極楽に行ったりね
人間というのは
いそがしいんです
それで
移ろいやすい肉体人間の心を
祈りでもってしっかり浄化しながら
少しでも高い所へとみちびきたい
というのが
守護霊さんの愛念ですよ

この世で
そりゃあ色々なことがあります
だけど
人生の苦労というものを
味わって
人の苦労をしてね
その上で
それを
世界平和の祈りのなかに
投げ込んで
みんな消えてゆく姿だ
守護霊さん守護神さん
ありがとうございます
とかえしていったら
絶対悪くなりっこないんです
それだけ
光になってゆくんですから

祈りというものの
真実のすがたを
求めながら
世界平和の祈りを
唱えつづけてゆくとき
本心がひらき
そして
一人びとりに
もっとも必要なものが
与えられると同時に
しっかりと
私どもは
神の愛に
抱かれているのであります
posted by spacelight at 11:44| 祈り | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

祈りとともに 明るい毎日を

いつも
いうことですが
神様というのは
本当に
無限の存在
なのであります

この地上には
たとえば
国があり
民族があります
それぞれ今は
公用語というものを
持ってはおりますけれども
やはり
それぞれに国語を持ち
国境というものを持って
人々は
生活しております
そしてそのことに
別段の不思議を
感じる人は
あまりありません

たとえて申しますなら
神様という無限の存在には
こうした一切の
枠がないのです

神の愛と智慧をしるために
無数の世界があり
修行場があることは
御存知のとおりですが
神々のものには
一切の枠はないのです
大愛なのであります
ですから
神の我々人間に対する想いも
本当に
無碍なのであります

人間はもともと
この神からの分かれで
神にすれば親でありますから
人類に対する愛は
一入なのであります
その人類に対する愛を
託されたのが
世界平和の祈りなのであります
これによって
一人のこらず
もれなく
光の世界へみちびいてゆこうという
神の心が
うずいている
祈りなのであります

絶えることのない
守護の神霊への
感謝をとおして
本心の光を
この身に無理なく
あらわしていく

この祈りを唱えますときに
私どもは
心から安心して
自分の魂を
やすめることが
できると同時に
このままで
世界平和のために
この地球を光明化していく
大きな働きのなかに
すっぽりと
入れられていくのであります

どうぞ
日々の生活のなかで
世界平和の祈りを唱えつつ
生きていって下さるよう
一人でも多くの人が
この祈りとともに
明るい毎日をすごして下さるよう
祈ってやまないもので
あります
posted by spacelight at 10:31| 祈り | 更新情報をチェックする