2017年08月13日

神様の愛は 途方もなく深い愛

愛のおもいで
人をつつむ時
愛の言葉を
人に語る時
その人は
光になっています
愛は神そのものの
すがただからです

どうしようとか
こうしてやろうとか
一切
そういう
おもわくを
はなれているからです

無になってんですよ
無になろうとおもわないで
無になっている
空になろうとおもわないで
空になっている
そういう状態です

だから光るわけ
何にもおもわないで
ただ空っぽになって
相手が愛しくて愛しくて
たまらないのね
みなさんだって
そういう時があるでしょう
そういう時
みんな光ってるんですよ
光になってるの
愛になっているの
愛というのは
やさしさだからね
相手を思いやる心ですよ

たとえば誰か
気になる人の天命を
祈りまさあね
その時みなさん
どうですか
自分のことはおもってないでしょう?
これが
大事なんですよ
ね、わかります?
自分のことを
忘れてね
しかも義務的に
相手のことを
おもうんじゃなくてね
もう芯からおもうということね

これが
こういうのが
ずーっと一人びとりに
行き渡っているのが
神様の愛なんです
それはもう
愛で愛で愛で
つまっている
いっぱいになっている
途方もなく
深い愛ですよ

人間は
ここから
分かれてきた
生命ですからね
出来がわるい筈がない
みんな光ってるんですよ

人を愛しくおもう時に
その光はつよまるけれど
今に
元の元が
ずっと光ってるということが
わかればね
もう
いつも
まぶしいくらいに
光りますよ
今だって
光ってるんだよ

人間が
神の愛し児だっていうことを
心にね
本心の自分に
深く深く
とどかせるために
世界平和の祈りが
生まれたんです
それで
本心の自分と
いつかは
みんな
会ってゆくようになるんですよ
五井先生は

そのお手伝いをしてるんです
          昭和62年2月7日
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2017年08月12日

本当は ただ光りかがやいている

自分の
本当の
姿を
掴んでゆきましょう
光そのものの
何も
迷いも
さわりも
ない
姿
それが
人間の
本当の
姿なのです

自分は
本当は
一切まよっていない
かなしんでいない
おそれていない
ただ
光りかがやいている
そういう姿なのです
その姿を
しっかりとらえて
迷いも
なげきも
みんな
世界平和の祈りのなかに
入れて
すすんでゆきましょう
       昭和62年2月6日 夜

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2017年08月11日

私達の本来は 霊のいのち


愛が
神様の愛が
無尽蔵に
宇宙にみちていて
その愛が
私ども
一人一人の
なかに
ダーッと
ながれこんで
いるのです
光のシャワーを
あびつづけている
愛という
やさしさという
祈りという
いのちの水を
のみつづけている
これが
私達の
本来です

私達の
本来は
何かというと
霊のいのち
なのです
さわりというものの
一切ない
明るい
いのちなのです

神様は
明るい方です
愛にみちた方
ところが
肉をまとって
地球で生活している内に
自由な
愛そのものの霊のいのち
よりも
肉体の方を
主人だと
おもっちゃった
不自由な入れ物の方を
自分だと勘違いしちゃったんです

それじゃ
追っ払われた
霊のいのちは

どこにどうしているかと
いうと
みなさんの
肉体の奥に
ちゃあんと
生きてるんです
みなさんの
肉のいのちを
やしなっている
こころを
魂を
やしなって
いるんです

このいのちは
人間から
決して
はなれた
ことが
ない
なぜなら
神様の
いのちだから
神様が
人間を
見捨てるなんてことは
一ぺんも
ないんだから
ずっとずっと
未来永劫
人間は
神様の
愛に
生かされて
ゆくのです
そして
この愛が

肉の身の
あなたを
よんでいるのです

そのまま
あるがままの
いのちを
すなおに
いきるとき
あなたの光が
かがやくのです
愛が
ひかって
ゆくのです
      昭和62年2月6日 夜

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