2017年10月10日

天命がある内は 神様は死なせはしない

人間というものが
どんなに神様に
愛されているか
私は
ようく知ってるんです
私だけじゃない
釈迦や
キリストや
マホメットや
これまでに
地上におりてきた
聖者たちも
よく知っていました
彼らは
みんな
神様の愛を
真理を
説きつづけたのですが
国家や
時代というものが
光そのものの
教えに
枠を
はめて
しまったのです

聖者達は
かがやいているのに
人間の想念が
自分勝手なおもいが
その
光に
顔を
そむけてしまったのです
その結果
自分の教えだけが
真理だ
真実だ
これを信じなければ
地獄におちる
などという
馬鹿気たことをいいはじめて
己れ尊しの
姿勢に
終始してしまい
自分が
自分が

救われようのない
想念の渦まきを
こしらえてしまった
安心を与えることをおいて
これを信じなければ
大変なことになるぞ
という
恐怖を
与えてしまっているのです
これでは
一人として
人間は救われて
ゆきません

神様は
公平な
平等な
愛にみちた
方なんですよ
人間は
神からきたいのち
神の似姿なんだから
おどかしや
何かで
神様が迫るわけがない
それでもう
バラバラになっている
人間一人一人の心を
すっきりと
神様にむけさせる
そういう役目を持って
私が生まれてきたんです

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊様 ありがとうございます
守護神様 ありがとうございます
という祈り言を
いただいた
この祈りは大調和の祈り
そして
神様の大愛のなかに
すっぽりと入る祈り
神様の
元の元に
帰ってゆく祈りなんです

現在
どんな宗派のなかにいる人でも
祈られていい祈りなんです
今まで
こういう
祈りはありませんでした
狂言に宗論ってのが
ありますよね
坊さん同志が
南無阿弥陀仏と
南無妙法蓮華経を
いいあいっこして
ゆずらないというやつ

みんな
世界がこれなんですね


私の祈りは
これは
そのままでいいから
南無阿弥陀仏
世界人類が平和でありますように
南無妙法蓮華経
世界人類が平和でありますように
ってやっていただいていい祈りなんです
己れ尊しじゃないんです
祈りによる世界平和運動ってのは
そういうことです

人間一人一人
みんなが
持っている純なこころ
素直に素直に絶対者を
おもうこころ
そのこころを引き出して
光らせて
それでもって
世界を平和にしてゆく
だから
五井先生が
偉いわけじゃないんです
昌美が偉いわけじゃないんです
みんな等しい
神様のいのち
それでもって
みんなの光をあつめて
よびおこして
一人一人が
先頭に立って
この世界を平和にしてゆきましょうと
こういうんですよ

そりゃあそのために
色んなお役目の人がいます
村田さんのように霊界を訪ねて
肉体を持ってる人間が
一番こわいと思ってる
その死の本当の意味を
向こうの人たちに会ってね
それを記して
つまり
死は真実の永生
往生
むこうへ生まれにゆくその出発点なんだ
ということね
それを知らせる
そういう人もいます
これは村田さん以外には
中々出来ないんです
あの人が偉いというわけじゃなく
あの人は徹底して
神様からこのことを知らせる、霊界って
ものを知らせる役目を貰ってるんです
だからこれは
村田さんの領分
で、又斉藤さんみたいに
全国あちこちとびまわってね
世界平和の祈りを伝道して
五井先生のことを伝えて
そして各地のお浄めした
そういう役目の人もいるんです

この人達は目立ってますけど
たとえ目立たなくても
こんな風に
みんな役目が与えられていて
そして神様のみこころのなかに
スッキリと入りましょうという風に
なっている
その各々役目が天命ですよね

天命
これがある内は
死にたいと
おもったって
神様は
死なせはしない
それぞれの天命の
なかで
天命を
とおして
何をするかっていえば
徹底して
自分を愛し
人を愛し
自分をゆるし
人をゆるし
これなんですよ

人間の真実の仕事は
愛することなんです
愛して愛して
祈って祈って
今までの
とらわれや
こだわりを
なくした時に
なくそうと
つとめている時に
無限の神様の愛が
我々を包むんです

本当に愛されていることがわかる
一人一人が
この地上に生きる
地球上に生きる
人類一人一人が
兄弟姉妹だって
ことがわかる
いのちというものが
やさしくなってゆかなければ
嘘なんだ
ということがわかる
そして
宇宙の星々の
すぐれた
霊人たちが
私達に
よびかけて
いることが
わかる
宇宙そのものが
我が家なんだって
ことがわかるんです
わかってくるんです
悟るっていうんじゃないんです
わかる
もう
パーッとわかるんです
心を明るくして
愛でいっぱいにしていると
わかってくるんです
自然にわかってくる
人間は
神様の子どもなんだということが
わかってくるんです
世界人類が平和でありますように
っていう
この祈り言のなかに
この事実が
全部入っている

もう
一宗一派の時代じゃあ
ありません
神様という
元の元へ
永遠の愛の源へ
手をたずさえて
みんなが
帰ってゆく
そういう
時代なんです
そういうときなんです

祈りによる世界平和運動は
神のいとし児である人間の
本心の光を
よび出し
かがやかせる
そういう祈りなんです
           昭和62年2月12日


posted by spacelight at 07:26| 祈り | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

人間の真性に深く目覚めて下さい

祈ってゆく内に
自分がなくなるって
ことがありますが
これは
無我になって
神様と一体になることであって
決して
その人がその人らしさを失ったという
ことではないんです

よく 
世間では
法悦境っていいますよね
こういう言葉をきくと
何かしら
浮世ばなれした
世界のように
感じちゃう人が
いるんだけれど
そうじゃないんです
たしかに
そのときは
何ともいえない
いい気持ちになりますが
それは
ぱーっと
こう  
我々のいのちを
あたらしくされる
光を
神様からいただいてる
こういうことでしてね

何のために
いただくかっていえば
それぞれの
職場で
学校で
家庭で
生き生きと
はたらくためなんですね
だから
決して
浮世ばなれじゃない
浮世ひっつきなんです

神様と一体になって
ああ
自分のいのちは
こころは
おもいは
自分のすべては
神様から
いただいてるんだな
神様からきてるんだな
神様ありがとうございます
守護霊様
守護神様
ありがとうございます
っておもうのは
おもえるのは
これはいのちの充実ですよね

第一巻(神のこころ)でもいったけれど
だから
無ってのは
虚無ってことじゃない
いのちが充実して
いのちがよろこんでいる
状態を
指すんです
それで
さあ頑張ろう
ですよ
みんなを
現実生活に返してゆくわけ
私は絶対に
みんなを
神がかりにはしないんです
生活ってものが
ちゃんとやってゆけなきゃね
話にならないもの

けれど
そのままに
神様の言葉が
きける人
受けられる人
こういう人が沢山
でてこないと
これからの地球は
大変なんです
そういう人を一人でも
多くふやしたいわけ
何も
特別なことじゃないんです
みんなが
スッキリと
自分のいのちに
目覚めたら
一人のこらず
こうなるんですよ
そうでしょう
どうぞ一人でも多くの人が
人間の真性に深く目覚めて下さい

世界人類が平和でありますように
           昭和62年2月14日 朝
posted by spacelight at 19:31| 祈り | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

人間が朗らかになるためのエレベーター

祈って
祈って
祈り抜いて
ゆくと
ただ
朗らかになって
自分の
いのちと
対面することができます

世界平和の祈りは
人間が
朗らかに
なるための
エレベーターなんです
       昭和62年2月14日 朝
posted by spacelight at 23:00| 祈り | 更新情報をチェックする