2017年09月26日

人を責めないで

人を責めちゃあ
いけません
人を責めてしまうと
折角
今まで積んできたもの
努力してきたものが
また
はじめっから
やり直しになってしまう
おもいというのは
人をさばくおもいというのは
それだけ
つよくて
おそろしいということです

人を責めて
己れ尊しってのが
一番いけないんです
それと融通のきかないの
神様ってのは
寛やかな方なんです
もう愛し抜いて
ゆるしっ放しの
方でしょう

人間だけですよ
枠をはめて
ほっとしてるのは
これじゃあいけません
これじゃあ救われていかないんです

人を責め自分を責めるところからは
何も生まれてはこないんです
愛すること
つつむこと
いたわること
おもいやること
ここから
はじめて
神様の光がゆたかに
入ってくるんです
あるいは
我々を生かしめてる
本心が
よろこぶんです

愛して愛して愛し抜くこと
これが
神様の人間に対する姿勢
であると同時に
人間に
のぞんでおられることでも
あるんです
愛する時
人は光ってゆくのです
愛すれば愛する程
その光は
澄み極まってゆくのであります
           昭和62年2月12日 夜
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2017年09月25日

みんな 手をつないでいる

神様
私は
あなたを
愛します
したってます
という心が
私は
若い時から
強い人間でした

完全円満
人間神の子
という
ことは
そのとおりだと
おもいながら
この世の中の
不幸に
うちひしがれる人々を
世の中に
生きてゆくということの
現実の
厳しさを
神様は
どんな風に
考えていらっしゃるんだろう
我々人間は
どう考えれば
いいのだろうと
思案しつづけたんです

勿論
その時も
神様の
愛を
一ぺんだって
うたぐった
ことは
なかった
それで
愛し
したいつづけている
神様に
私は
うまず
たゆまず
祈りつづけたわけ

汝のいのちは貰った
覚悟はよいか
といわれた
ときも
何も
考えなかった
ただ
とっさに
ハイ
という返事が
出たんですね
そのときには
私自身が
すっぽりと
神様のなかに
入ってたんです
愛するとか
したう
とか
いうのを
通り越しちゃって
任せてたんです

私が
こういう
すべての
地球世界の
業を
引き受けて
世界平和の祈りの
もとに
大そうじをする
光明をしらしてゆく
仕事をしに
生まれてくるって
ことは
もう
ずっと
前から
決まってた
ことですけれども
覚悟はよいかって
いわれた時に
一たん
個人個我としての
五井昌久は
きえたんですね
それで
直霊の
本来の
自分と
出会って
まあ
それから
色々
あったわけですけれど
私が
人間の心を
五井昌久の
個性を
持ったまま
こうして
語りつづけてきたって
ことは
これは
大事なことだと
思うんです

人間というのは
本来
そういうものなんだ
ということね
神がかりにも
ならずに
ごく普通に
あたりまえに
くらしていて
それでいながら
人の心が
スーッと
わかる
奥の奥の
天命を
みせられるって
ことですね

実は
人間というのは
一人一人が
ちがうようで
いて
みんな
つながっているんです
たてに
つながってるんじゃない
よこに
つながってるんです

たましいというかね
元々が
みんな
神様
大神様から
分かれてきた
兄弟姉妹なんですから
これは
あたりまえなんだけれど
今みたいに
それぞれの国があって
民族があって
言葉もちがってましょう
そうすると
やっぱり
おんなじだって
なかなか
おもいにくいわけなんですよね
で、
どこで
この
おんなじって
いうのを
むすぶかっていえば
それは
人間だっていうことです
愛すること
愛されることの
大好きな
人間だって
ことです

さっきも
いったように
人間ってのは
神様から分かれてきた
生命ですからね
神様から
いのちを吹きこまれた
人形(ひとがた)
神の似姿なんです
わかります?
前にもいったけれどもね
神様ってのが
どんなかたちをしてるかというと
我々とおんなじすがた
なんです
その神様は
もう
人間を
愛して愛して
愛し抜いてるんですよね
だから
我々が
別に
宗教じゃなくてもですよ
ああ
やっぱり
おなじ人間だなあ
とおもうのは
何ともいえない
人間らしさ
おもいやりの深さ
人間としての
情というか
気持ちというか
心というかね
そういうものを
感じた時ですわね
その
思いやりとか
やさしさとかいうのは
神様の専売特許なんですよね
神様印(じるし)愛のこもった
チョコレート
なんてそのうち出るかも知れないけど
こういうことを
私がいうと
せっかく真剣にきいてるのに
五井先生はすぐ冗談いっちゃう
とおもう人もあるかも知れないけれど
私はいつもまじめです

さて
そこで
この
愛とか
やさしさとかね
ああやっぱり人間と
おもわされる
我々が
感激したり感動したりするってのは
これこそ
人間が
みんな
神様からきた
兄弟だって証拠なんです
みんな
手をつないでる
この世に
この地球上に
他人なんて
一人もいやしない

さあ
こう考えると
楽しくなりますよね
とにかく
愛深くなってゆけます
私はみんなと兄弟なんだ
とおもいながら
お祈りすれば
それだけ
お祈りの光が
ゆきわたるんです

さあ
元気に
明るく
世界平和の祈りを致しましょう
          昭和62年2月12日 夜
posted by spacelight at 07:53| 祈り | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

人間に 上も下もありゃしない

飾らないことが
大切です
飾りはじめると
自分は
もちろん
相手も
みえなく
なるんです

飾りをなくして
余分なものを
とっちゃって
生命そのままに
その人を
みること
愛すること
そのとき
自分も
一個の
生命になり切って
いること
これが
大切なんです

人間に
上も下も
ありゃしない
教える者

教えられる者

ないんです
ただ
ひたすらに
愛し
祈ること
そして聴いて
自分の生命も
相手の生命も
尊敬すること
そういう風に
心がけることで
みんな
随分
楽になるんです
自分の生命も
朗らかに
なってゆくんです
        昭和62年2月12日 夜




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