2020年02月01日

神と人間は 自然な自然な間柄(1)

いのち
というものの
朗らかさは
神様の
朗らかさ
神様は
子どものように
無邪気な心と
純な魂
風のように
自由な
本心をてらす
光をもって
私たちの
いのちのなかに
住んでいらっしゃるのです
私たちはみんな
その子どもたちなのです

神様の血をわけた
子どもたちなのですよ
血をわけた親子と
みんないうけれど
正真正銘
私たちは
神様の血がながれているのです

その血というのは
何だといえば
それは
思いやりであり
やさしさです
神様の
人間に対する思いが
やさしさが
どれほど深く 
真実にみちた
ものであるか
それは
神様を知れば知る程
わかってきます

全く
つきることのない愛で
私たちを
つつんで下さっている
それが神様です
永遠の親の愛ですよ
しかも
その愛は
五十年
六十年といった
ちっぽけなものじゃない
何万年
何億年
いや
もっともっとかぎりなく
続いてゆくのです
 
こんなに深い
こんなにたしかな愛は
世界中どこをさがしてもないですよ
しかも
我々が
肉体を脱いで
むこうへ行けば行ったで
益々のその愛の証を
我々は
この身にもこころにも
いや
その世界いっぱい
我々が
住む場所
住む場所
霊体が
神体が
余計なものを
そぎおとして
光のひとすじとなり
かみのみこころの
一部となるまで
なってもなお
いとし子への
この親の愛は
ずっとつづいて
ゆくのです

そりゃあ
親ですから
たまには 
きびしく
叱ることもあるでしょう
たたくことだって
あるかも知れない
けれど
いつも
いつも
この親の愛は
人間を
さながらのいのちにかえし
ほがらかな光そのものの
いのちへとみちびくために
叱りたたくのであって
それ以外では
ないのです

なぜなら
私たち
一人一人の
なかに
神様から
さずけられた
それぞれが
果たすべき
天命が
大光明となって
かがやき
わたって
いるからです

一人の天命を果たさせ
さらに
何十人
何百人
何千人
この
地球上に生きる
すべての人間の天命と
宇宙人類の天命とをつないで
無限のいのちの光を
大神様のもとに
かがやかせる
丁度
この肉体界で
親と子が
情をかよわせ
心をかよわせるように

それよりも
さらにつよく深い絆で
神(親)と
人間(子)の
二人ながらの
光の交流が
ずっと奥の奥まで
なされて
十字交叉の
光と愛の世界を
完成させてゆくのです

我々一人一人の存在は
そのための
いのちなのです
誰が
この事実に気付き
誰が
気付かない
というんじゃない
肉体を
もちながら
気付いている人も
いない人も
みんなのいのちを
そのために
用いられるのです
それと
気付かせずに
みんなを
いのちの
本道へと
みちびいてゆく
守護の神霊は
この永遠の
いのちの親である神の愛を
身にしみこませた
みつかいなのです

我々は
生まれながらに
いや
肉体界に
生まれる
ずっと以前から
この永遠の
神の愛に
育てられ
守られて

ここにこうして
空気と
霊気とを
呼吸して
生きているのです

空気は
肉体を
やしなう
いのちを
霊気は
我々の
霊体から
ずっと
奥の
からだにまで
神の愛をうけて
生かされている
よろこびを
与えつづけて
いるのです

いかされる
よろこび
これこそ
神から生まれた 
神の血をわけられ
神の愛を受けて
ここに 
生きている
生きている
我々の
いのちの
みなもとです
すべて
神様に目をむけ
こころを向ける者は
このいかされるよろこびによって
生きています
それは
大神様から
たまわった
いのちに
畏れをいだきながら
よろこびつつ
生きるということであり
そのよろこびも
心の奥底から
おのずと湧いてくるものなのです

なぜなら
人間は
神の愛によって
おのずと生まれしめられた
さながらのいのちだからです
じねんほうにの存在なのです
義務で存在してるんじゃない
神様といのちを
高らかに
うたい上げ
うたい合う
そういう存在なのです

親と子なのですもの
血のつながりがあるのですもの
遠慮なんてありゃしない
そうでしょ
自然な
自然な間柄
自然な
自然なことなんです

いのちということは
言葉をかえるなら
いのちというのは
すなお
ということ
単純というんじゃありませんよ
純ではあっても
単純じゃない
おのずと
よろこぶという
いのちの
相(すがた)の
なかには
すべてをきよめ
濾過しつくす
きよらかな
神様の前に
まっすぐなさがが
一本徹っているのです

この一本の性を
古代のおおらかな心の人々は
光の柱とみたのです
それは
はなれて光るんじゃない
自分のからだのなかから
おのずと光がみちあふれて
天の私(自分自身)へと
通じるのです

天地の自分自身
人間の相が
合体した瞬間を
古代には
ごくあたりまえの
純な人々が
目にしたのです

自分にも
人にも
かがやき
天と地とをつなぐ
光の柱
その柱一本の光の橋を
かけて下さっているのが
大神様の愛であることを
古代の人々は
一人のこらず知っていたのです

古代の人々が
神様に近かった
というより
神様のことを
本当に
自分の親だと感じ切って
くらしていたのです
丁度
現代の人間が
空気を吸うことを
当然だと思うように

それ以上に
神と人間とは
親しい
親しい間柄だったのです
    (つづく)
posted by spacelight at 11:55| 祈り | 更新情報をチェックする