2020年01月05日

無心に神を 呼んで参りましょう

肉体なんて
ちっぽけなもんです
なんにもできない
だけど
この肉体に
光をながして
いのちを
ながして
下さっている方がある
それが神です

肉体ってのは
衣ですからね
衣服です
だからもし
人間が
肉体だけのものだったら
死ねばおしまいの世界に
なってしまう
けれど
そうじゃないってことを
私たちは
しらされているわけ
そして
いよいよ深く
識らされてゆくわけです

我々のいのちが
神からわけられてきた
光そのもののいのちであって
大元は霊であり
愛であるんだということをね
それがわかってきますと
老いがそんなに目立たなくなってくる
それは
白髪にはなるし
しわもできてくるけれど
私たちのいのちが
本来そういうものなんだということをですね
世界平和の祈りのなかでしらされてゆくと
気持ちが年とらないんです
それだけじゃなくて
つねに感謝してゆくから
心があかるくなって
光が入ってくる
そういうのがわかるようになってくるんです
そうすると
ほんとに年とるのが
遅くなるんですね
まあみた目がおばあさんか
妙齢の美人かは別としてね
私は心美人ってのが好きですけれど
生命の法則というのは
そういったものなんです
つまり
朗らかな
永遠のながれのなかに入って
生々としてると
本当に元気になるんです

その元が統一であり
祈りであるとこういうわけなんです
祈ってゆくことによって
自分自身の魂の実家を知るわけなんですよ
だけど
ああこんなに居心地がいいんなら
もうちょっといよう
神様楽させて下さい
というのはとおらないんです
怠けは駄目なんですね
やはり苦しくても
歯をくいしばって
一所懸命にやって
そして神様
一生懸命やったんですけど
ここまでしかできませんでした
と帰るのはいいんですよ
そうやって
一所懸命やってる内には
傷つくことも
傷つけられることもあるんだけれど
いつも
神様を呼びながら
生きてゆくと
涙のながれたあとから
光がスーッとながれてゆくって
ことになるんです

ひとつも無駄というものはない
まわり道させてるようでも
苦労させてるようでも
むこうの世界では
ずっとみてて
そうして光をおくりつづけている
愛でこころをいっぱいにしながら
みまもってるわけです
だから私たちは
未来永劫
大丈夫なんです
ちゃんと神様という
たしかすぎる身元引受人がいて
実家がある
祈れば 
いつでもこの
神の愛の世界が
私たちの前に展開し
ひろがってゆくのであります

無心に
神を呼んで参りましょう
しずかに統一をして参りましょう
それではどうもありがとうございました
posted by spacelight at 13:49| 祈り | 更新情報をチェックする