2015年12月16日

水のようにさらさらと流れてゆく生命(23)

      (前日から続く)
 たださき程申しましたように、お金だけ
欲しいなと思っても、お金来ないんですね。
 まずね、魂的なものを求めて、魂をみがいて
低くして下さい。つまり謙虚にして下さい。
 謙虚になって祈り求めていく時に、
地上生活に必要なものは全部与えられて来る。
 だから、これだけやったのに何で来ないん
だろうなんて思ってる間は来ないんですね。
 ウラミツラミに思ってると来ないんです。
 そういうふうに出来てる。だから私をなくす
というのはね、誰かがマナイタの上の鯉って
ずっと言ってるんだけど、マナ板の上の鯉
と言うのは、神様がどういうふうにしようと
構わないという覚悟というか、そういう所まで
行ってはじめて神様というのは道を開いて
下さる。開かれるように出来てるんですね。
 その扉をどうやって開けるかというのは、
祈りしかない。自分が開けようと思っちゃ
ダメなんで、自然に開いてくるのを待って
流れに乗らなくちゃいけないし、その流れに
乗る時には、任せると言っても、自分の中の
我というものがそこで働いては、とても大変な
ことなんです。我が働くと後戻りしてしまう。
 折角真っすぐ行ってたものが又ジグザグに
なって来る。迷いが出てくる。いろんなものが
出てくる。それは消えてゆく姿だから祈りの
中へ入ればいい訳なんですが…。
              (翌日へ続く)
posted by spacelight at 08:08| 祈り | 更新情報をチェックする