2015年12月22日

みんな光の子ども(2)

     (前日から続く)
 そういうことを考えていきますと、人間
というのは非常に奥深いものでね。
 でも今皆んなが一度に肉体を脱いだら、
この世界は死滅してしまう、私というのは
無くなってしまうと思っている人がいっぱい
いますから。本当はそうじゃないんだけど。
 この地上というこの世の三次元の世界が
ずっと続いてゆく限り、やはり肉体は
とても必要なものなんですね。肉体を
まとわないと生きてゆけないように出来ている。
 だからこの肉体を馬鹿にしてはいけないし、
軽蔑してはいけないし、大事にして
いかなければならないのだけれども、しかし、
光というのが光明というものが、本心本体
光一元の生命というものが、我々を
つき動かしている。
            (翌日へ続く)
posted by spacelight at 06:17| 祈り | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

みんな光の子ども(1)

 単純に言いますとね、みんな私の
子どもだなーと。「私の」というのは、
五井先生というのは個人じゃないのね。
 五井先生というのは、もう天に帰っていて、
天の私と地上の私が合体してしまったから、
一個人の五井昌久というものは、もう
無くなってしまっているんです。そして何回も
書きましたけど、空独尊、もう空になっている。
 阿弥陀さんの生命が、お釈迦さんが、
あるいはキリストの生命が、私という個性も
残ってる肉体の場所へ流れ込んで来ていた
だけの話でね、迷ったり悩んだりという
五井昌久個人のそういうものは消えてしまった。
 それは植芝先生もそうですね。植芝先生も
或る日庭を散歩している時に、天地鳴動して、
武道とは神様の愛(合)の気が流れて
いるんだ、合気道とはそういうものだ
と悟られた。
         (翌日へ続く)
posted by spacelight at 21:48| 祈り | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

水のようにさらさらと流れてゆく生命(27)

        (前日から続く)
 間違いのない道を私達は歩いている。その
間違いのない道は、高慢になってはいけないし、
人に押しつけてもいけないけれども、
自分の中に、静かに、自分は間違いのない道を
歩かしてもらっているんだな、守護の神霊
によって歩かしてもらっているんだな、
自分達の中にはいつも世界平和の祈りが
鳴り響いているんだな、そういうふうに思えば
何も怖い事はないし、何も恐れる事もない。
 恐怖心が無くなってゆく。

 この世界平和の祈りは、とても広大な目的を
もって今、宇宙の中に鳴り響こうとしているし、
そういう時にあなた方は今ここにいるんだ、
一緒に平和の祈りをする仲間として、ここに
いらっしゃるんだということを肝に銘じて
おいて下さい。
   「水のようにさらさらと流れてゆく生命」了
posted by spacelight at 06:33| 祈り | 更新情報をチェックする