2015年11月26日

水のようにさらさらと流れてゆく生命(3)

       (前日から続く)
 その習慣を解き放っていくものは何かというと、
やっぱり祈りであって、いつも言いますように、
祈りというものは、自分の生命を宣り出してゆく、
本当の生命を宣り出してゆく、そういう
ものですね。だから、痛いとか苦しいとか
辛いとか、痛がっている自分がある、肉体の
自分がある。だけども元々の自分は痛みも
しなきゃ辛がりもしない自分がある。どうかして
そこへ自分の想いを届かせたい。だけど
それを焦って苦しんで背伸びをして、そこへ
行かなくちゃ行かなくちゃって思うと、これ又
駄目で、これはやっぱり自己完成にも
何にもならない。

 自己完成というのは人類愛から始まる
というのは、つまり私共の世界平和の祈り、
世界人類が平和でありますようにという、
自分(個人)を思うと同時に人類を思う、人類の
中の一人としての自分、人類とつながっている
自分を思う。そのことが即ち、宇宙とつながる、
宇宙の本源の生命、宇宙神の生命、宇宙神から
分かれて来た生命、そことつながる。それが
本来の人間の姿ですね。
           (翌日へ続く)
posted by spacelight at 06:46| 祈り | 更新情報をチェックする