2015年11月25日

水のようにさらさらと流れてゆく生命(2)

     (前日から続く)
 ところが、私がいつも言いますように、人間
というものは神様から分かれて来た生命
ですから、そこから考えると、神様が苦しむ
筈がないんで、流れて来た生命が苦しんでる
筈がないんです。そうすると、この世の中で
苦しんでゆくとか、悩んでゆくとかというのは、
じゃあ全く無意味なことを我々が
やってるのかっていうと、そうでもなくって、
この地球世界というものの、こういう粗い
波動を、我々はお掃除をしてですね、
宇宙天使と協力をして、いろんな霊人と
協力をして、皆を掃き清めてゆく。本当の
本来の姿に還(かえ)してゆくっていうのが、
これが元々の人間の一番の役割でありまして、
そこのところをみんな、私が私がとか俺が
俺がとか、どっちが上とかどっちが下とか、
そういう想いの習慣というか、この地上の
生活の中の一つの秩序というもので考えて
しまいますね。会社に行けば上役と部下
とか、病院に行けば院長と職員とか、そう
いう上下関係があるんで、どうしても
その立場でもって皆んな、ものを見てしまう。

 ところが人間の本当の立場というものは、
神様とつながっている。私の朗らかな生命、
さらさらと流れている生命、これが本当の
人間の立場でして、そこから結局は全部が
つながっていく。本当につながっていくべき
ものにつながってゆくということが本来
なんです。ところが、そのあたりがどう
しても皆さんが間違ってしまう。どうしても
習慣に把われてしまう。
            (翌日へ続く)
posted by spacelight at 07:11| 祈り | 更新情報をチェックする