2015年11月21日

続 さやけき生命(7)

       (前日から続く)
 世界が平和であるようにという誰もが反対
出来ない、そういう言葉を祈り言(ごと)にした。
 これはいつも申しますように、こういう言葉が
祈り言になった宗教というのは他にないんですね。
 それは、誰が読んでも誰が見ても誰が聞いても、
子供が聞いてもお年寄りが聞いても、そんな
馬鹿なとも思わないし、こんなことを言ってとも
思わない。敵をつくらない、自分の本心に
たずねてみても、ああ本当にそうだなあと思える。
 それを私を通して神様が与えて下さった。
 ですからこれは、神様の祈(の)り言(ごと)
なんです。全部結集しているんです。

 皆んなが結ばれていく生命であって、皆んなが
引っ掛りのない生命であって、皆んなが障りの
ない生命である。この障りのない生命が、みんな
赦し合って生きていく時に、社会は本当に平和に
なってゆく。ですから、前にも言ったことが
あるんですが、自分の家族、一つの家族、この
一つの家族が平和になるように、お隣りの人が
平和になるように、お向かいの人が平和に
なるように、これをずっと広げてゆくと、
世界人類に押し広げなくてはならない。
 一人一人をずっと祈ってゆけばいいんでしょう
が、それを一言で言うと、世界人類が平和で
ありますようにという言葉に集約されて来ますよ
と、言ったことがありますが、実際、この
世界人類の中に自分も入っているんですね。人も
入っているんですね。
 そしてこの中には、何の反発も競争心も
起こらない、神様からのひびきが伝えられて来る。
 単なる願いのような弱いものじゃない、理想
でもない。向こうの世界では、もう現実そのもの、
大調和の世界というものがすでに出来上がって
完成している。それを今、地上に少しずつ少しずつ
確実に降ろして、本心に植え付けていく。そういう
ことを今やっているんです。
             (翌日へ続く)
posted by spacelight at 08:38| 祈り | 更新情報をチェックする