2015年11月20日

続 さやけき生命(6)

        (前日から続く)
 しかし、本当のところを言えば、神様と私の
関係なんですね。神様と私達の関係でもある。
 人類と神の関係でもある。世界人類と私、
世界人類と神、という関係でもあります。
 そこには比べるものなど全くないわけですよ。
 分けへだてもないし、上下関係もない。ある
とすれば、無限に広がっていく、それだけですね。
 あなたと私は兄弟なんですよと。同じく神から
分かれて来た生命なんですよと、分霊(わけ
みたま)なんですよと。だから、世界人類が
平和でありますようにと祈りをしている時に、
皆んな気持ちが平和になって、国連の時も
総立ちになって拍手が来たというのは、皆んなが、
ああ私達一人一人がみんな兄弟姉妹なんだなあ
という一体感を、観念じゃなくて、本当に実感
したということですね。

 そういう心を、一人一人の中に植え付けていく
運動というのが、祈りによる世界平和の運動
であり、この祈りによって皆んなが平和になって
行くという運動です。この運動は、なんか大きな
言挙(ことあげ)をして、我に大義あり、我こそ
正義というような運動じゃないんですね。一人
ずつ一人ずつ本当に一歩一歩、無理なく、本心へ
ひびいてゆく。一人一人の人達が、ああ本当だな、
ああそうだなあ、これは真理だな、そういう
気持ちは私の中にもあるなあ、と共感する。
               (翌日へ続く)
posted by spacelight at 07:28| 祈り | 更新情報をチェックする