2015年11月13日

さやけき生命(10)

       (前日から続く)
 “永久(とわ)なる生命、祈りて行かん
世界平和”でしょう。つまり、自分が自分がで
行くと、力んで自分が頑張ってやろうとすると、
そこで限られてしまうんです。自分の限界
だとかね。この世の生命が70年80年だろうと、
人間の本当の生命というのは、これはもう
ずっとあるんですから。
 永久なる生命につながるもつながらないも、
我々はずっとつながっているんですからね。
 そのことを思いながら生きて行くとすれば、
自分のなかにある光、神様から来るみ光、
それを自分の生命として宣り出して、世界平和の
祈りを祈り、神様ありがとうございます
と言える。そういう信仰を深くもつことですね。

 しかし、信仰も力まなくていいんです。自分で
やろうとか、頑張って自分がやらねばとか、
そうなると不自由になるんですね。信仰、宗教
というのは、自分を不自由にさせるものではない
のです。自分が自由になる為のものです。自分が
自由自在に動ける為のものですよね。人間は
本来自由自在なんだからね。神様に守られて
支えられて、何でも出来る存在なんだからね。
 我々が五感に感じているこの私自身は、ほんの
一部の働きでしかないんです。あとは氷山
のように隠れているんですが、今、少しずつ
皆んなが知らされて来ていて、科学の力でも
知らされて来る。もう少し経つと、
宇宙子科学など結果が現れて来て、色んなことが
出来て行く。知らされてくる。そういう時代に
なるでしょう。
            (翌日へ続く)
posted by spacelight at 06:42| 祈り | 更新情報をチェックする