2015年11月12日

さやけき生命(9)

       (前日から続く)
 それだけの話ではなくて、神様、今一生懸命
乗り越えています、乗り越えようとしています。
 つまり、持ち場で一生懸命やっていますという
時には、やっぱり光が入って、そこから確実に、
神様というのは、よしこれでいいと思えば、
ちゃんと卒業させて下すって次の場所に行く。
 ところがそこで迷うと、そのぶんだけ遅れて
しまう。そこへしがみつくことになるから遅れて
しまう。もうどうでもいいです、どうにでも
して下さい、と皆んな言うんですが、どうにでも
して下さいと言うのは、ヤケで言っちゃ駄目。
 気持ちを開いて言わなきゃだめね。ヤケだ
というのは自分がまだ残っているからヤケに
なる。神様と一緒になれば、ヤケも何も
無いんですよ。神様が動くのだから、神様が
働くのだから、多少どこかが痛かろうが
苦しかろうが、神様がさせるのだったら文句は
言えない。そういうものなんです、人間
というのはね。

 神様というのは、母親であり父親であり、
親なんですね。親がピタッと寄り添っていて、
それで世界平和の祈りの中に神様が
詰まっていて、神づまりの人間がこっちにも
いてね。我々一人一人の中に神様が
詰まっていて、小宇宙と大宇宙が握手して合体
している。そういうことが本当に思えた時に、
人間は一段階も二段階も上がるんです。

 だから、力んじゃだめ、気負っちゃだめ。
 自分でやれることなんてたかが知れている。
 自分が負わなきゃならないものなんて、たかが
知れている。どんな地位にある人であっても、
その地位をもって、お金をもって死ねるわけじゃ
ないから、そんなもの持って霊界には行けないん
ですよ。裸で生まれて裸で死ぬ。その時に、
神様の愛だけをもって向こうへ行けばいい。
 それだけをもって行けば、ものすごく楽ですよ、
ということを私は教えて来たんですね。
              (翌日へ続く)
posted by spacelight at 07:42| 祈り | 更新情報をチェックする