2015年11月09日

さやけき生命(6)

       (前日から続く)
 自分だけが光る祈りじゃないんですよね、
世界平和の祈りというのはね。
 尽十方(じんじっぽう)に広がり、強烈で
やわらかく、祈ってる人も祈られてる方も
光になって、敵も味方もなくなってというのが
世界平和の祈りですよ。そういう祈りを常に
口ずさんで呟いて、身体の中に入れて
ゆく時には、もう自分の身体だか神様の身体だか、
身体が有って無いようなね。本当に把われが
なくなって来て、神様の久遠の光と一緒で
共に生きている。自分の中に光が流れ込み、
その光に支えられて、神様に支えられて
我々は生きているんだなあということを、
これを悟らせて下さるのが祈りですよね。
 それで、何の為に祈るかというと、やはり
自分の生命が輝くために祈る。自分の生命が
輝くというのは、エゴイズムの祈りじゃ
ないんです。
 自分の生命というのは、神様から流れて
来ているもの。神様の奥の奥の生命と、自分の
生命とが一体なんだ、共にある生命なんだ
と思って祈る時には、両方輝くわけです。
 肉体界も輝くし、幽界も霊界も天界も全部が
輝く、すべての世界が輝く。目に見える世界も
目に見えない世界も、すべてが輝いて、
すべてが赦し合って、すべてが大愛の世界に
なってゆく。
 本来我々が、そういう世界の住人なんです。

 そこへ目指して行くんじゃないんです。
 そこへ帰るんですね。その世界から我々は
来ている、地球へやって来ていろんな仕事を
している。元々が光っているわけです。
 光ってるけれども光っているなんて到底
思えないような、様々なことがあって、
苦しみがあり、どうしようもない色々なことが
あって、最後にふるさとである世界平和の祈りの
ところへ、皆んなが今、たどり着いてきた。
                (翌日へ続く)
posted by spacelight at 06:40| 祈り | 更新情報をチェックする