2015年11月24日

水のようにさらさらと流れてゆく生命(1)

 “水のようにさらさらと流れてゆく生命”
と書きましたけれども、生命というものは
元々さらさらと流れているものでして、そして、
さらさら流れてないなと思える時っていうのは、
地上生活の中で、やはり、いろいろな
柵(しがらみ)に苦しめられ把われ悩んでいる
時なんですね。
 そうするとその自分の生命が苦しむように
見えるけれども、本当は、生命そのものは
苦しみも何にもない。本当にさらさらしてて、
何にも汚れもついてないし、本当に真っ白で
きれいなものなんだけれども、ところが
それが悩んで苦しんでっていうのは、これは
自分の想いというものが苦しむんですね。
 自分の本体本心というものはちっとも
苦しまない。で、そこの所が、人間ってのは
肉体というものをまとって生きてる
もんですから、肉体をどうしても自分だと
思うし、気持ちの中から湧いてくるいろんな
想いというものを、どうしても自分の想い
だと思っちゃう・・・
            (翌日へ続く)
posted by spacelight at 07:30| 祈り | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

続 さやけき生命(9)

       (前日から続く)
 例えば、守護神なんかが動く時は、肉体経験の
ないものが動いちゃうと、人間側の苦しみ
悩み辛さが、どこまでなのか分かりませんからね。
 そこに守護霊という肉体経験のあるものがいて、
守護神の働きを受けとめて流すという、この
コンビが人間の後ろについていないと、肉体が
即座に消えて無くなってしまうくらいの迫力ある光を
降ろしてしまう。それだとこの人間世界は
壊れていってしまうんですね。ですから、
この人間世界を壊さないようにしながら、
しかも超常識が降りて来て、そして、その
超常識を祈りの中で完成をしていく。
 一人ずつの生活を大事にしながら、超常識に
則(のっと)ってこの世界が変えられていく、
祈りによって変えられていく。そして、
いつの間にか平和になる。そういうところを
私達の魂はすでに目指しているし、私達の
本心は、そこに向かってすでに歩み始めている。
 そのことを覚えておいて頂けたら、大変
有難いと思います。

 実際に、そういう時期にもう突入をしていて、
私達が自覚をするしないに関わらず、そこに
向かって歩を進めている。天と地が一つになる、
天の私と地の私が一つになる。一つになって
大きな深い働きをする。その時期に皆さん
一人一人がもうすでに突入をしている。
 そうして、その働きの中で生まれて
来るものが、本当の愛と調和と平和に
満たされた、気の流れであり、これをさらに
広げてゆくということなんだという意識を
持っていただけたらいいと思います。
           「さやけき生命」後半 了
posted by spacelight at 09:52| 祈り | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

続 さやけき生命(8)

        (前日から続く)
 だから皆さん方はその先兵(せんぺい)である
と同時に、そのことを通して魂が澄まされて行く。
 そして自分自身が朗らかになって、天の心を
私の心とするようになる。
 その天心というものが自分の中にあるんだ
と思って祈っていく時に、あなた方の天命
というものが、一歩ずつ深くなって、一歩ずつ
開いていく。時に応じてそれは本当に大きく深く
なってゆく。最初は一歩一歩でいいんです。

 無茶な目標をかかげすぎると、出来ない自分に
うんざりしたりしますから、限定をしないこと。
 自分に限定の枠を設けてしまうと、そこから
どうにもならなくなる。その枠の中でしか
動けなくなるんです。ところが、神様の枠
というのは無限大ですから、枠というものが
ありませんからね。
          (翌日へ続く)
posted by spacelight at 10:02| 祈り | 更新情報をチェックする